飛鳥時代

元明天皇

生誕・崩御

661年~721年12月29日

在位

707年8月18日~715年10月3日(9年)

和風諡号

日本根子天津御代豊國成姫天皇

父親

天智天皇

母親

蘇我姪娘

経歴

天智天皇の第四皇女で、母は蘇我倉山田石川麻呂の娘・姪娘(めいのいらつめ)。
草壁皇子の妃となり、氷高(ひだか)内親王(後の元正天皇)、軽皇子(文武天皇)、吉備内親王を生む。

慶雲四年(707年)7月17日、前月に崩御した文武天皇の遺詔によって藤原宮で即位した。
7歳であった孫の首皇子(後の聖武天皇)が成人するまでの中継ぎとしての即位であり、それはこのとき発せられた「不改常典(ふかいのじょうてん)」の宣命の通りである。

即位した翌年の正月、「和銅」と改元された。
武蔵国から和銅(自然銅)が献じられたことによるもので、この年、「和同開珎(わどうかいほう)」が鋳造されている。

和銅元年(708年)2月、平城遷都の詔(みことのり)が出され、12月から都城の建設が開始された。
同3年3月、平城京に都を遷した。

このとき元明天皇が詠んだ歌が「万葉集」に残されている。
「飛ぶ鳥の明日香の里を置きて去なば 君があたりは見えずかもあらむ」
思わず藤原宮を振り返りながら、惜別の思いを込めた歌といわれている。

和銅5年1月、太安万侶(おおのやすまろ)に命じて「古事記」を撰上させ、翌年5月には「風土記」撰進の命を出した。
和銅7年6月、14歳になった首皇子の元服の儀式が行われ、皇太子となった。
元明天皇はすでに55歳になっていた。

翌年の霊亀元年(715年)9月、それを容認しない空気が朝廷内にあったからか、首皇子ではなく氷高内親王に譲位し、6年後に崩御した。
遺詔により、葬儀は行われなかった。

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