南北朝時代・室町時代

観応

読み方

かんのう・かんおう・かんおう・くわんおう

西暦

1350年4月4日~1352年11月4日

期間

約2年8ヶ月

天皇・上皇

崇光天皇・光厳上皇・光明上皇

摂政・関白・将軍・内閣総理大臣

藤原(二条)良基(関白)・足利尊氏(将軍)

勘申者

藤原行光(文章博士兼越中介)

改元理由

即位による。

出典

「荘子」の「玄古之君、天下無為也、疏曰、以虚通之理、観応物之数、而无為」から。

主な出来事

貞和6年2月27日・・・崇光天皇の即位により改元。
観応元年10月・・・足利直義が京都を脱出する。足利尊氏・高師直らは足利直冬追討のため九州へ下向する。
観応元年11月・・・直義が師直・師冬討伐を名目に兵を集める。光厳上皇が直義追討の院宣を渙発。
観応元年12月・・・直義が南朝に講和条件を示して帰順する。尊氏が福岡(現在の岡山県瀬戸内市)から引き返す。
観応2年1月・・・桃井直常が北国より入京し、尊氏らを播磨国へ駆逐する。高師冬が南朝に攻められ甲斐国で自殺する。
観応2年2月・・・直義が摂津国打出浜で尊氏方を破り、高兄弟の引退を名目に和睦する。上杉能憲が高兄弟を護送中に謀殺する。
観応2年3月・・・足利直冬を鎮西探題に任命する。
観応2年10月・・・尊氏が南朝へ降伏し、南朝から直義に対する追討令が出る。
観応2年11月・・・崇光天皇を廃位、「観応」が廃され、正平一統が成る。この頃高麗国沿岸で倭寇が活動し始める。
観応3年閏2月・・・尊氏の将軍職を解く。北畠親房はじめ南朝方の諸臣・諸将が入京、北朝の光厳・光明・崇光の3上皇と崇光の皇太子直仁親王を南朝本拠の賀名生へ拉致する。
観応3年3月・・・正平一統が破談、尊氏が「観応」の復活を宣言する。
観応3年8月・・・光厳・光明両上皇の国母・広義門院が治天の君となって伝国詔宣を行い、崇光上皇の弟・弥仁親王が践祚する(後光厳天皇)。
観応3年9月27日・・・後光厳天皇の即位により文和に改元

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