南北朝時代・室町時代

天授

読み方

てんじゅ

西暦

1375年6月26日~1381年3月6日

期間

約5年9ヶ月

天皇・上皇

長慶天皇

勘申者

藤原(花山院)長親(権大納言右近大将)

改元理由

山崩れ・地妖による。

出典

出典は不詳だが、「史記」淮陰侯列伝の「且陛下所謂天授、非人力也」によるか。勘申者は権大納言右近衛大将花山院長親と伝わる。

主な出来事

文中4年5月27日・・・地震災害による改元
天授元年月日不明(6月とも)・・・「五百番歌合」が催される。
天授元年8月25日・・・橋本正督、北朝に下り、和泉より紀伊に侵略する。
天授元年8月26日・・・島津氏久、今川了俊に敵対して南朝に呼応する。九州探題今川了俊が肥後水島の軍営で少弐冬資を暗殺する(水島の変)。
天授2年4月・・・「百番歌合」が催される。
天授2年6月・・・長慶天皇・東宮煕成親王が「千首和歌(天授千首)」を発意する。
天授2年夏・・・菊池武朝が後征西将軍宮(良成親王か)を奉じて肥後国府に出陣し、今川了俊・大内義弘から防備する。
天授2年12月・・・今川満範・相良前頼・伊東氏祐らが日向都城を攻め、島津氏久は救援のため天峰に出陣する。
天授3年1月13日・・・今川仲秋が肥前千布・蜷打で菊池武朝と交戦して破る(肥前蜷打の戦い)。
天授3年7月13日・・・宗良親王が嘉喜門院に対して詠歌(『嘉喜門院集』)の提出を要請する。
天授3年8月12日・・・菊池武朝が肥後臼間野・大水関で今川仲秋・大内義弘らと交戦して敗退する(鎮西合戦)。
天授3年この冬・・・宗良親王が信濃へ向かう途中、長谷寺に入って落飾する。
天授4年9月29日・・・菊池武朝・後征西将軍宮が肥後託麻原で今川了俊と交戦して破る(託麻原の合戦)。
天授4年12月13日・・・橋本正督が紀伊守護細川業秀を攻撃して敗走させる。
天授5年1月23日・・・山名義理・氏清らの南征軍、橋本正督の和泉土丸城を攻め落とす。
天授5年3月1日~3日・・・島津氏久が日向蓑原で今川満範を攻撃して破る(蓑原の合戦)。
天授5年6月17日・・・菊池武朝が肥後団山に出陣し、今川仲秋と交戦する。
天授5年9月・・・これ以前、行宮を吉野から栄山寺に移す。
天授6年7月17日・・・橋本正督が和泉守護山名氏清と交戦して敗死する。
天授6年8月23日・・・紀伊の南朝方須田一族、山名氏清軍に敗れる。
天授6年10月8日・・・今川仲秋が肥後水島城を陥落する。
天授7年1月・・・内裏歌会が催される(新葉和歌集に見える年次の明らかな最新の和歌会)。
天授7年2月10日・・・弘和に改元。

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